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命と心の健やかなる成長のために!
こんにちわ!
あなたの命と心は、いつも健康ですか?それとも、何かの問題で病んでいますか?
私たちは、そんなあなたの、命と心の健康に気を配り、また命の処方箋を、聖書の「命の言葉」から提供します。

終末のエクレシア(No.35)

    神の「秒針」を見逃すべからず!




気を付けて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなた方には分らないからである。それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言い付けておくようなものだ。だから、目を覚ましていなさい。・・・・あなた方に言うことは、全ての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」
                                        【マルコ福音書13章33~37節】


神の「秒針」は今、何時何分何秒?
 「秒針」とは時計の三番目の針、つまり「秒」を刻むものです。三つの針の中で、一番多く動いている針です。さて神の「時計」に関して、神の時(時刻)の中における、「秒針」の霊的な働きは、如何なる意味を持つのでしょうか?「神の時」に関して言えば、定められた(創始した)「時」そのものが、必ず「完成(成就)」の時へと至るべく、前もって決定付けられています。


 ですから神の「秒針」は、私たちの「時計」の秒針の、「1、2、3、4、5・・・・」と刻むの
と違って、逆に「10、9、8、7、6・・・・」というカウントダウン方式に、「神の時」を刻んでいます。そういう意味で「今の時」は、神の「時計」から見て、果たして何時何分何秒でしょうか?それは非常に興味の引く時刻であり、神の定めた「完成の時」が、真夜中の零時であるなら、「今の時」は23時59分57秒かも知れません。


 今回のイエス・キリストのメッセージは、最後の十番目となる「備え」ですが、その中で重要となるキーワードは、先ず第一に①しっかりと(危機感をもって)見続ける(watch)!ことです。何故私たちは、「その時」に向けて見張り続けるのか?その理由が第二のキーワード、②(主人は)必ず帰って来る(come)!という点です。


監視体制を怠るな!
 そこで先ず覚えて戴きたい、今回重要となる奥義は、「あなたの目は何の為に使用していますか?」という点です。私たちが、与えられ(創造され)ている目を、自分の為に使用している限り、必ず疲労感によって「眠った(まどろんだ)目」になります。同様に「霊の眼」も、自分自身の肉の欲に従って使用する限り、「霊の次元」にある「神の時」を、正しく見る(捉える)ことが出来ません。


 ですから聖霊様は、私たちに三つの「問い」を投げかけます。先ず「あなたは霊の眼を、正しく用いています?」と問い質し、次に「神のリズムに合せて、あなたは霊の眼を聖く保っていますか?」と、具体的な健康上の保全(管理)を問い質します。第三に「正しく見続ける為に、あなたの霊の眼にとって、常に必要となる上よりの、霊的な力を戴いていますか?」という問いです。


 覚えて戴きたいことは、私たちの「目(眼)」は、霊的な次元よりも、世的な次元(現実)を見ようとして、様々に心が奪われる「弱さ」がある!という点です。ですからイエス・キリストが再臨されるに当たり、私たちが最後に為すべき「備え」が、この①しっかりと眠ること無く(危機感をもって)監視し続ける(watch)ことです。


 「気を付けて、目を覚ましていなさい(be on watch)。」(33節)とは、イエス・キリストが命じている、言わば「軍令」に相当する言葉です。直訳しますと、「監視体制を決して怠るべからず!」となります。何故でしょうか?敵の如何なる攻撃にも対処できるよう、反撃体制を整える為です。それと同時に、イエス・キリストが命じている、一番重要となる「be on watch」は、主人(花婿)が帰って来る為の霊的備えであり、聖霊様が私たちに対して発する、最大警戒レベルの緊急指令だからです。


 イエス・キリストが実例として挙げた「門番」は、その職務として①門の戸締り管理も、大事な務めの一つですが、一番に重要となる務めが、②ご主人様の到着時に、スムーズに門を開けることにあります。仮に門番が「その時」、眠りこけていたとしたら、即刻首(お役御免)となり、永久追放処分となります。


主人は必ず帰って来る!
 聖霊様による、最大レベルの軍事命令が発せられている、今の「終末の時代」にあって、私たちキリスト者は如何にしたら、監視体制を保持することが出来るのでしょうか?第二の奥義がここにあります。実は私たちが、神の「時計」の何を見るかによって、霊的淘汰の方向性が定まります。イエス・キリストの今回のメッセージの、重要となる二番目のキーワードは、「来る(come)」です。


 「終わり」の時には殆どのキリスト者が、「この世」の流れに妥協(同調)して、「獣の刻印」の認証を受け取るでしょう。しかし、その汚れた流れに組せず、決して「死」を恐れること無く、神の「聖さ」を守り通す、賢い乙女(キリストの花嫁)も存在します。そして彼女たちは、「ある事」を知っています。「今」が「3秒前の時である!」、即ち「3秒後」には、主人が遂に帰って来る!ことを。ですから彼女たちは、目前の「死」を恐れないのです。


 覚えて戴きたいことは、神の「時計」から見て、「23時59分00秒」という時代が過ぎ去り、後は「秒針」だけがカウントダウンしている!という点です。ですから、私たちは「be on watch」という、重要な「備え」を怠ってはなりません。主人が「何」の為に帰って来るのか?その正しい「理由」を知っている乙女は、「その時」に備えることを怠りません。


 ところが三次元的に「その時」を判断し、人間的な計算(推測)から準備する者は、「その時」が延期になった場合に、警戒心(若しくは期待感)を緩め、油断する傾向にあります。その結果愚かな乙女たちは、「神の時」よりも「人の時」を優先して、全ての物事を進めようとします。しかし「その時」が、何時なのか分からないからこそ、私たちは警戒心を怠ること無く、常に監視体制を保持(継続)すべきです。


 「今の時」の段階は、いよいよ主人が門の前に立ち、「コン、コン、コン!」とノックする直前の時です。主人は「何」の為に、帰って来るのでしょうか?「花嫁(賢い乙女)」を迎える為です。これから、どのような時代になるのでしょうか?定まりの付かない、世界的に「混乱した時代」の中で、明確に分かる(悟ることが出来る)ことは、神の「選り分け(霊的淘汰)」が始まっていることです。


 神の霊的カウントダウンが、いよいよ「3秒前」の段階にある!という危機意識をもって、私たち最大レベルの監視体制を、決して怠ることがありませんように。私たちが最大に愛する方、花婿なる主イエス・キリストが、私たちを迎えるべく、遂に来られるからこそ、私たちは監視体制を保持できるのです。


 主イエス・キリストの豊かな「恵みの時」を通して、あなたの霊的「飢え渇き」が更に増し加えられ、聖霊様の聖なる「働き」を通して、あなたが更に麗しく整えらるよう、神の「安息」があなたの全てを覆い尽くしますよう、主イエス・キリストの御名で祝福してお祈りします。アーメン!(2022年10月30日メッセージ)


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