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Terminal Sound(No.27)

K・バルナバ

二つの「信仰挨拶」

 

 

 

主の箱が出発する時、モーセはこう言った。「主よ、立ち上がって下さい。あなたの敵は散らされ、あなたを憎む者は御前から逃げ去りますように。」その箱が留まる時には、こう言った。「主よ、帰って来て下さい。イスラエルの幾千幾万の民のもとに。」

【民数記10章35~36節

 

信仰の基本的「挨拶」

 私たちの普段の生活には、人間関係を成り立たせる、決まり文句のような「挨拶」があります。朝時から先ず「お早うございます!」、そして昼時には「こんにちわ!」、夕暮れ時に「今晩は!」、また商売(営業等)に携わる人は、関西風の「毎度(おおきに)!」などと。私たち人間関係において、様々な挨拶があるように、主イエス・キリスト、父なる神、聖霊様に対しても、「信仰挨拶(サウンド)」を発することが、実は非常に重要になります。

 

 その最大の理由は、私たちと主なる神の「関係」において、即ち創造主なる神こそが、私たちの唯一の「主権者(親)」であり、私たちは「被造物(子)」として、常に相対する時(関わる際)に、挨拶の言葉(信仰のサウンド)を添えて、自由に交わるよう招き入れられているからです。その際に、二つの「信仰挨拶」を発すること、これが今回の記事に示されています。

 

 一つ目の挨拶は、「主よ、立ち上がって下さい!あなたが行かれる所に、私たちもお供し(従い)ます。」という信仰表明です。二つ目が「主よ、(ここに)来て下さい!」という、実に単純な宣言です。 例えば、私たちが普段以上に、歓喜の声をもって叫ぶ(はしゃぐ)時には、不思議なアクションが伴います。それが思わず「立ち上がる」行動です。ここのアクションは、私たちが生まれつき持つ、本能的な感情反応の一つです。霊的には、創造主なる神が完成された、私たち本来のフォーム(あるべき姿)の中に、聖霊様を通して豊かに現れ出る、最高の美(麗しさ)でもあります。

 

 私たちに必要な、主なる神に対する信仰上の「挨拶」は、①どのような時に用いるべきか?そして挨拶をすることで、果たして②何が起きるのでしょうか?この二点について、聖霊様から教えて戴くことが求められます。だからと言ってこの挨拶は、単なる「お題目」を唱えれば良い!という次元にはありません。これは私たちが毎日欠かすことの出来ない、重要な信仰の表明です。然り!私たちの信仰の歩みの「先(前方)」を、誰が進み行かれているのか?これを毎日欠かさずに、「霊の眼」をもって正しく、かつ着実に捉えることの出来る者は、この挨拶を「命の言葉」と共に、告白することが出来ます。

 

 しかし如何せん、私たちは信仰の挨拶を、時々省略してしまう、即ち助け主なる聖霊様と交わすべき、言葉(祈り)による「挨拶」を、ついつい忘れてしまう(世の事に忙殺される)のです。覚えて下さい!聖霊様は、私たちの信仰の歩みにおける、重要なメイン・ドライバー(指導教官)であり、単純なガイダンスをもって導きます。「前進しなさい!」、「止まりなさい!」と。その時に私たちが為すべき事は、直ぐにドライブ(動く)ことではなく、「主よ、あなたが先に行かれて立ち上がって下さい!そうすれば必ず、全ての事柄が解決(勝利)しますから。」と告白(挨拶)して、万物(万事)の主権者が、全能なる創造主である!こと、この正しい信仰的位置付けが、先ずは重要となります。

 

主の箱が進み行く限り

 今の日本の現実、あなたはどのように、正しく見ているでしょうか?この世の人々は、「先」の見えない恐怖と不安の中で、必死に日々の糧(主食のお米)を手に入れようと、日々駆け巡っています。しかし私たち「神の民」は、そんな三次元に生きる者ではありません!たとえ現実がどうであれ、私たちの「先」を行かれる方は、万軍の主(創造主なる神)であり、唯一の「贖い主」である御子イエス・キリストが、私たちの歩みの全てを、行軍のセンター(中央部)から見守り続け、確実に勝利の道へと引導して下さいます。そして何よりも素晴らしいことは、私たちの傍らには常に、百戦錬磨の大将軍(最高指令官)なる聖霊様が、陣頭指揮を取って下さるのです。

 

主の箱を担ぐ者が六歩進んだ時、ダビデは肥えた雄牛を生贄として献げた。主の御前でダビデは力の限り踊った。・・・・ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びを上げ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げた。

【サムエル記Ⅱ6章13~15節

 

この記事には、私たちの三次元的判断力では、とても理解できない行動が、ダビデ及び民の行進に見られます。つまり全体が六歩(約2m)前進する毎に、祭壇を築き「生贄」を屠り、賛美と共に礼拝を捧げるのです。 主なる神が命じられる時には、前進するスピードが「人の時」を超えて、人が理解できない次元の中で、「神の事実」が進み行くのです。それは決して、「神の民」を苦しめる為ではなく、人の「歩み」が主なる神によって、堅固に打ち立てられていることを、正しく学ぶ(知る)為に他なりません。

 

ダビデは、一度目の失敗(ウザの死)から学び直しました。万軍の主が「先」を行かれ、王を含め「神の民」は、遜って神の「契約の箱」に従う、即ち神の御心に「聞き従う」ことこそ、最高の生贄(真の礼拝)である!ことを。ダビデは六歩(約2m)前進する毎に、神に対する賛美(霊的サウンド)を捧げました。「主が我らと共に進み行き、万軍の主が立ち上がられた!我らは喜び踊りもって、高らかに主の御名を称えようではないか!」と。

 

結論になりますが契約の箱、即ち神の「命の言葉」が、私たちの「歩み」と共に進み行く際には、私たちは信仰の「サウンド」をもって叫ぶ訳ですが、その時に必要となる、私たちの側からの挨拶(信仰姿勢)が、「主よ、あなたが先ず立ちあがって、先にお進み下さい!」と、謙虚に告白することです。そして前進する中で、聖霊様がその都度「ちょっと立ち止まりなさい!今は神の御心(正しい進路)を求める時です!」と、霊的シグナルを発せられたら、私たちは即「主よ、しもべは今ここにおります(座しています)。あなたの御心を示すべく、この場に来て下さい!」と、第二の挨拶を述べることが大事です。

 

主なる神が、全て(万事の流れ)の「主権者(至高者)」として、私たちを常に導かれる方である限り、私たちは全面的に「忠誠(全き従順)」を表明することが肝心です。それ故に私たちは、今後の信仰の「歩み」においても、この二つの「信仰挨拶」を表明する限り、私たちの歩みの「先」にあるものは、イエス・キリストによる「勝利」、イエス・キリストから来る「サクセス(祝福)」です!

 

他の使徒たちとは別に、パトモス島に取り残された使徒ヨハネは、生涯を懸けてこの重要、かつシンプルな信仰挨拶を発し続けました。「私の愛する花婿なる、主イエス・キリストよ、早く来て(帰って来て)下さい!」と。そして今に生きる私たち日本人キリスト者、即ち真の花嫁(エクレシア)は、次のように大声で発する時です。「万軍の主、王の王なる、私の主イエス・キリストよ、今この日本に、立ち上がってお進み下さい!私は神の兵士として、命を懸けて従軍致しますので。あなたが進み行かれる所には、必ず勝利と栄光の御旗が、既に打ち立てられています!」と。

 

どうぞあなたの信仰の「歩み」に、万事を益(良きこと)として下さる、聖霊様の確かな「保証」が、天上から豊かに増し加えられますよう、主イエス・キリストの聖名で祝福してお祈りします。アーメン!(2025824日のメッセ-ジ)

 

次回は・・・・Terminal Sound(4/27掲載)です。

 

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神の定めた今(No.3)

K・バルナバ

「神の今」を信じる

 

 

 

モーセは、彼ら(十二部族の長たち)をカナンの土地に遣わすに当ってこう命じた。「・・・・その土地がどんな所か調べて来なさい。・・・・あなた達は雄々しく行き、その土地の果物を取って来なさい。」それはちょうど、ぶどうの熟す時期であった。【民数記13章17~20節

彼らはモーセに説明して言った。「私たちは・・・・行って来ました。・・・・しかし、その土地の住民は強く・・・・アナク人の子孫さえ見かけました。・・・・」カレブは民を静め、モーセに向かって進言した。「断然上って行くべきです。そこを占領しましょう。必ず勝てます。」【民数記13章27~30節

土地を偵察して来た者の内・・・・ヨシュアと・・・・カレブは・・・・イスラエルの人々の共同体全体に訴えた。「・・・・主に背いてはならない。・・・・主が我らと共におられる。彼らを恐れてはならない。」【民数記14章6~9節

土地について悪い情報を流した者は、主の御前で疫病にかかって死んだ。しかし・・・・ヨシュアと・・・・カレブだけは生き残った。【民数記14章37~38節

 

「敵」を前にして恐れる十人

 今回主なる神が、イスラエルの各部族の長に命じられた、敵国領内に秘密裏に侵入し、暫く敵の実情を偵察することは、並大抵のことではありませんでした。しかしモーセが命じたことは、チェック・リスト通りに調査し、単純な調査記録を持ち帰るだけでしたので、彼らの三次元的感想(判断等)を、伝達することではありませんでした。

 

 ところがヨシュアとカレブ以外の全員が、まるで事前に示し合わせたかのように、調査結果を報告したにとどまらず、彼らの不信仰的発言を付け加えました。「敵(カナン人)は見るからに、恐ろしい巨人(アナク人)の末裔である!とてもじゃないが、我々は打ち負かされる!」と。然り!彼らは敵と戦う前から、敗北を宣言したのです。

 

 世界中に戦争の足音が響く中、今の日本は果たして大丈夫でしょうか?敵国の諜報活動、そして秘密裏の工作活動が、全く無いとは言い切れない程、今の日本国内は、既に見えない敵との戦争に突入しています。それは兵器(武器)等を使用した、実戦ではありませんが、心理的に日本民族を貶めたり、誤った情報等で撹乱したりする等、いわゆる「認知戦」が始まっていると言えます。その敵の筆頭が、「赤い竜」の群れです。

 

 悪魔サタンは、若き十人のリーダー(族長)に対して、霊的な認知戦を仕掛け、彼らは見事に騙され、神の御心とは懸け離れた、異なる分析結果を報告しました。それに対してヨシュアとカレブは、地上の全ての敵を打ち負かすことの出来る、唯一真の神、万軍の主がイスラエルと共にある限り、「彼ら(敵)は恐れるに足らず!」という、確固たる信仰を抱いていました。

 

「今」が勝利の時である!

 それ故にカレブはこの時、パニックに陥ったイスラエルの民を鎮めながら、次のように激しく怒り、信仰ある報告(表明)を宣言します。「今こそ、勝ち取るべく前進しましょう!」(13章30節)と。このカレブが断言した「今こそ・・・・」、これが神が定めた「今」として、カレブが確信に満ちた言葉で、民を鼓舞する表明です。然り!十人の見る「今」を判断して、様々に躊躇したり、しり込みする(後退する、恐れおののく)など、「グズグスする必要は無い!」と、彼は力強く宣言していると言えます。

 

 続いてカレブは、「今こそ」と力説しながら、指導者モーセに対して、二つの信仰行動に移るよう進言しました。先ず①敵に対して先制攻撃を仕掛け、直ちに②彼らの土地を奪うこと、この単純な作戦です。即ち「①(信仰をもって)今、攻撃(神と共に前進)すれば、必ず②約束の土地が得られる(神が勝利を与えて下さる)!」という、非常にシンプルな信仰行動です。

 

 今回の記事から示される最重要ポイント、それは為すべき事柄は、神の「ご命令」の中に、既に用意されているからこそ、素晴らしい神の「祝福」の次元を、信仰をもって直ちに見出す(探り求める)ことです。主なる神は、十二人の斥候(リーダー)に対して、敵との戦いに臨む為の、いわゆる「軍事力」を、事細かく調査するように命じた訳ではありません。神が与えようとしている、カナンの地の情勢(人口、産物、地勢等)データを、有りのままに収集(記録)することでした。その調査記録リストには、「その地に住む人々との戦いに、イスラエルの民は勝利し得るか否か?」という項目はありません。

 

 主なる神が何故、彼らに対して調査するように命じたのか、その真実の理由(神のご意思)は、彼らを派遣することで、カナンの地が如何に麗しい、約束の受け継ぐべき地(国土)であるかを、先に見せて「希望」を与える為に他なりません。ですから神が見せた以上、それは「必ず得られる!」ことを、彼らは素直に信じて、リスト通りに報告すべきでした。ヨシュアとカレブだけが、神の「ご命令」の中に、素晴らしい神の「祝福」の次元を、信仰をもって見出す(探り求める)事が出来ました。

 

 だからこそ、カレブは信仰上の怒りを込めて、「今こそ、断然上って行くべきです!」と進言したのです。私たちエクレシアは、これから如何なる霊的戦いに、聖霊様の号令のもと召し出されて行くのでしょうか?今まで私は、霊的大収穫に至る戦いのイメージを、かつてのリバイバル(アズサストリート、トロントブレッシング、ペンサコーラ等)に見られる、「炎の拡散(飛び火)」の如きものと捉えていました。しかし聖霊様は、使徒行伝時代の霊的戦いと同様の、即ち①敵からの「侵略(侵入)」に備えて、迫害や強制連行を恐れず、②「家(エクレシア)」を拠点として、秘密裏に「集まること(コイノニア)」を禁じること無く、ある時は③いつでも敵から「逃げる」戦いを、繰り返し継続していくこと、これを求めています。

 

キリシタンの末裔として戦い続ける 

 私たちはある面で、最後のキリシタンとして、「大迫害」の時代を生き貫かなければなりません。多くのキリスト者たちが、背教の流れに身を染め、反キリストに膝を屈める中、私たちは更に霊的警戒を怠らずに、確実にイエス・キリストを土台とする、「正しい信仰」の道に殉ずるべきです。使徒時代に生きた彼らは、迫害によって散らされても、決して後退することはありませんでした。

 

 何故なら彼らの唇には、絶えず「イエス・キリストを信じなさい!この邪悪な時代にあっても、聖い生活を全うできる、聖霊様が必ず賜物として与えられますから。」という、強力な福音(キリストの証人としての武器)が付与さていました。然り!彼らの「証言」には、ヨシュアとカレブと同様の、否定的な言葉(報告、宣言、証し)が一つも無く、「(この世を)恐れてはなりません!イエス・キリストが、私たちと共にいつもおられます。何よりも聖霊様が、あなたを守り導いているのです。」という、明確な「道しるべ」を提供し続けたのです。

 

 この2026年は、年頭から驚愕すべき、世界的事態(大潮流の時代)に突入しています。その大激流の中で、果たして日本国は、如何なる方向の流れに、かじ取りをするのでしょうか?アジアにうごめく大波の深淵には、赤い竜たちが今か今かと、鎌首を持ち上げる「その時」を伺っています。私たち日本人キリスト者は、ヨシュアとカレブの如くに、「今、敵を打ち負かすべく、聖霊様と共に前進(進軍)する時です。今、力強く立ち上がって、敵の支配地を奪還しましょう!日本国を神の国として、悪魔から奪還する時です。」と、大胆に「鬨の声」を発する、天上よりの信仰が求められています。

 

 然り!私たちは常に、信仰をもって告白しましょう。「イエス・キリストの勝利は、この抱えきれない、大きなブドウの房(聖霊の実)を見れば十分です。これこそが、イエス・キリストの勝利の証拠です。私たちは既に得ています。だから全ての敵に勝利できます!敵は恐れるに足らず。イエス・キリストの御名こそが、全てに優る偉大かつ、畏れるべき御名です!今こそ、私たちは聖霊様と共に、大胆に進み行きましょう。」と。

 

 どうぞ、この一年の全ての時に渡って、聖霊様が啓示して下さる、「(神の)今!」というタイミングが、あなたの信仰生活と、霊的戦いの全てに、豊かに増し加えられて参りますよう、主イエス・キリストの聖名で祝福してお祈りします。アーメン!(2026111日のメッセ-ジ)

 

次回は・・・・Terminal Sound(4/17掲載予定)

 


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Terminal Sound(No.26)

K・バルナバ

  「出陣ラッパ」の音を聞き逃すな!

 

 

 

あなた達が出陣ラッパを吹くと、東に宿営している者が旅立つ。二度目の出陣ラッパを吹くと、南に宿営している者が旅立つ。・・・・会衆を集める時もラッパを吹くが、出陣ラッパは鳴らさない。・・・・あなた達の国に攻め込む敵を迎え撃つ時は、出陣ラッパを吹きなさい。そうすれば、あなた達は、あなた達の神、主の御前に覚えられて、敵から救われるであろう

          【民数記10章5~9節

 

二つの単純な「サウンド」

 今回の記事には、私たちの①信仰の「歩み(前進)」、そして②信仰の霊的「戦い(進軍)」に関する、非常に重要なガイダンスが示されています。ご存知のようにエクレシアとは、万軍の主なる神が聖霊を通して、「呼び集められた集合体(霊的な有機体)」です。聖霊様は、このエクレシアに対して「①進みなさい(行いなさい)!」、そして「②止まりなさい(待ちなさい)!」という、二つの単純なサウンドをもって、出陣ラッパ(短い角笛)を吹き鳴らして下さいます。

 

 今回の御言葉から示される第一の重要ガイダンス、それは①「出陣ラッパ」には、必ず信仰上の基本動作が要求されること、即ち聖霊様が発するシグナル・サウンドに対して、私たちが単純に聞き従わなければ、様々なトラブル(事故、問題等)に巻き込まれる!という点です。今の「終わりの時」には、尚更この信仰の基本動作が、最重要な動きとして問われることになります。

 

キリストにあって「一つ」とされる

 続いて第二の重要ガイダンスは、「こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストの元に一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストの元に一つにまとめられるのです。(エペソ書1章10節)に示されています。このパウロの記事にある「一つにまとめられ」ること、これが非常に重要、かつ最大の目標となります。つまり私たちエクレシアは、イエス・キリストを「集合体」の中心として、「一つ」の群れ(軍勢)で動くことが求められます。

 

 私たちエクレシアは何故、この「出陣ラッパ」をもって呼び集められるのか、それはエクレシア自体が、神の「兵士」の群れ(軍勢)であるが故に、エクレシアが「陣形」をもって、正しく動くことが求められるのです。また霊的「戦い」が待ち受けているからこそ、「陣構え」も必要となります。この霊的な陣形(隊列編成)を為される方、それが聖霊様であり、この「陣形」の中心(ヘッド)は、イエス・キリストご自身です。

 

 この「角笛(トランペット)」をもって、各隊列が一糸乱れぬ「動き」をする際に、兵士に問われる資質は、全ての命令に「聞き従う」こと、つまり陣形の「ヘッド」である、軍師(軍の最高指揮官)の采配(軍令)に、完全かつ忠実に実行することです。私たちは各自が、バラバラに戦っているように見えても、実はイエス・キリストが私たちの「頭」として、一人一人に適切な「知恵」を与え、「預言」をもって正しい方向に導き、聖霊様が全責任をもって、各隊列の進軍及び編成等の指揮を担って下さいます。

 

 それ故に私たちが、聖霊様の発する号令(サウンド)に対して、忠実かつ迅速に聞き従う限り、その行き付く先(ゴール)は、常にイエス・キリストの「勝利」です!しかし私たちが、肉の「陣形」を立てたり、己の魂から発する「肉のサウンド」に従って、事を進めたりしますと、それは必ず「敗北」に至ります。今の時代は、特にこれが問われています。悪魔サタンは、とんでもない「ニセモノ(偽りの音)」を用意し、私たちエクレシアを、様々に分断しようとしているからです。「偽りの音」の代表格が、使徒パウロが警告する、イエス・キリストの福音とは懸け離れた、「異なる福音」です。

 

 私たちの信仰の「歩み」は、何となく小さな「動き(前進)」であり、小規模の「戦い(進軍)」のように見えます。また私たちが捧げる「祈り」は、取るに足らない「備え(陣構え)」に映ります。しかし私たちが、聖霊様の「御声」に聞き従っている限り、それは最後の大いなる「霊的戦い」の時に、イエス・キリストにある、一つの「巨大な集団(軍勢)」として、様々に組み込まれて(結び合されて)、必ず大勝利に至ります。是非、聖霊様の「号令」にのみ、霊の耳を傾けて前進しましょう!

 

出陣ラッパに耳を傾けよ!

 結論になりますが第三の重要ガイダンスは、この「出陣ラッパ」に課せられた、三つの大事な用途(役目)に関することです。先ず①いつ吹き鳴らされるのか?続いて②何の為に発せられるのか?そして③如何なる方向に向けて、響き渡るのか?という点です。この時に必要となる、私たちの霊的身構えは、「耳力(霊の耳を研ぎ澄ますこと)」です。全てのサウンドから、霊的に「神の兵士」たる自分に、聖霊様が必ず発して下さる、正しい軍令(御国のサウンド)のみを、聞き分ける賜物を戴くこと、これが非常に重要となります。

 

 その為には何が必要でしょうか?日々の「祈り」も必要でしょう。イエス・キリストとの親しい「交わり」も必要でしょう。聖霊様の御声に聞き従う、霊的柔軟性も必要となります。今後の「霊的戦い」を見定めて行く上で、私たちキリスト者が、自分の置かれた①歴史的位置付け、そして②民族的使命を、聖霊様を通して正しく示されること、これが非常に重要な歩みとなります。然り!日本民族の「救い」は、イエス・キリストにあって初めて、民族的独立(自尊性)が確立されるからです。

 

 私たちはこの「出陣ラッパ」のサウンドを、決して聞き逃してはなりません。覚えて下さい!最後の「出陣ラッパ」が吹き鳴らされる時、それは遂に待ち望んだ、栄光ある花婿の「来臨(花嫁を迎える)の時」を迎えます。「その時」に向けて、いよいよ私たちは召し出された、キリストを頭とする一つの「軍団」として、今の時に訓練されているのです。

 

 そしてあなたは真の花嫁として、花婿なる主イエス・キリストを、激しく呼び求める時です。「花婿なる主イエス・キリストよ、今ここに来て下さい!私は主イエス・キリストと共に、最後の戦いに出陣します!」と。どうぞ今、あなたが叫ぶ信仰のサウンドに対して、聖霊様が聖なる油を豊かに注ぎ、あなたの唇、あなたの耳、あなたの目、あなたの全身全霊が、偉大なるキリストの「御体」と、「一つ」に結び合わされることを、主イエス・キリストの聖名で祝福してお祈りします。アーメン!(2025810日のメッセ-ジ)

 

次回は・・・・神の定めた今(4/7掲載)です。


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