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命と心の健やかなる成長のために!
こんにちわ!
あなたの命と心は、いつも健康ですか?それとも、何かの問題で病んでいますか?
私たちは、そんなあなたの、命と心の健康に気を配り、また命の処方箋を、聖書の「命の言葉」から提供します。

信仰の完成(No.25)

                     あなたこそ真実の神




                    あなたのみ(こそ)が主。
                    天のその高き極みを、
                    その全ての軍勢を、
                    地とその上にある全てのものを、
                    海とその上にある全てのものを、
                    あなたは創造された。
                    あなたは万物に命をお与えになる方。
                    天の軍勢はあなたを伏し拝む。
                    あなたこそ、主なる神。
                    アブラムを選んでカルデアのウルの地から導き出し、
                    名をアブラハムとされた。
                    あなたに対して忠実なその心を認め、
                    彼と契約を結び、
                    子孫に土地を与えると約束された。・・・・
                    あなたは約束を果たされた。
                    まことにあなたは正しい(真実な)方。
                                                                                                     【ネヘミヤ記9章6~8節】


「あなたこそ」真実な方!
 私たちの信仰は、6~8節に記された「祈りの告白」の如くに、いつも告白できるレベルに培れていくべきです。その中で、私たちが先ず覚えておくべきポイント、それは私たちの霊が、イエス・キリストの御名を呼ぶ、即ち「私の救い主、御子イエス・キリストよ!あなたこそ真実な方です。ですから今、約束を果たして下さい!」と告白する時に、それは「こそ(だけが)」という、全き信頼関係にあることです。


 私たちの信仰の歩み、その基本行動は、一にも二にも「祈り」であるべきです!この「あなたこそ」とは、新婚夫婦の愛の会話(告白)に、非常に似通っていると言えます。しかし旧約聖書を見ますと、イスラエルの民が、この基本行動から離れ、まるで「遊女」の如くに、真実な夫(主なる神)から離れて、外国の神々(不真実な偶像)に走る(慕い求める)姿が、多く描かれています。


 実は、私たちの信仰の歩みには、上記したイスラエルの民と同様の、霊的「浮気症」の行動があるのです!そうです。私たちの現実は、常に忠実かつ真実な方である、花婿イエス・キリストに対して、絶えず「霊」が捕われているとは到底言えない程、他(世)の事柄に「心」が浮ついているのです。


 しかし(だからこそ・・・・)、私たちは如何なる状況下、如何なる歩みの中、如何なる時の中にあっても、今回の「祈りの告白」が出来るか否かによって、一日の成果が変化してくること、この点も覚えておくべきです。


「真実」を捧げる時・・・・
 この「・・・・こそ」という表現は、決して「最後(最終的)に」付け加える言葉ではありません。即ち「時の始め」から、「あなたこそが・・・・」と告白することで、「あなた」に対して唯一の希望を託し、信仰の源なる「あなた」に、自分の「真実(忠誠)」の全てを捧げることを意味します。


 私たちは、とかく「真実」という言葉を好みます。何故なら、この言葉の持つ意味が、素晴らしいこともありますが、この「言葉」を言われた瞬間に、私たちは「偽りが無い!」と思うからです。ですから私たちが、「真実な方」に望みを置く限り、「真実な方」は必ず「約束」を守って下さり、結実に至らせて下さると信じることが出来ます。


 私たちが「あなたこそ、私を創造した真の主です!」と告白する時、それは「創造主であり全能なる主が、この私の霊に命を与え、母の胎に人として形造り、神が定めた〇〇年〇月〇日〇時〇分に、生ある者として産み出して下さった。即ち、主なる神こそが、私の命の全てです!」という、確固たる信仰表明になります。故に私たちは、この方に真実の礼拝を捧げる時、それは神の大いなる「恵み」の中に、いつも生かされていることを、表明することにもなります。


 そういう訳で聖霊様は、絶えず私たちに強く促します。「あなたが主役ではありません!しかし主なる神が、あなたをこの世に遣わした以上、キリストの花嫁という、最高の霊的主役として、この私がディレクタ-(監督、指導・助け主)」として、直接導いている以上、あなたは花婿なるイエス・キリストに、相応しい真の花嫁として、益々練り聖められるよう、祈り求めなさい!そして、あなたが真実の礼拝を捧げるべき方、それは唯一の真実な方、主イエス・キリストだけです!」と。 


 そうです!私たちは「あなたこそ真実な方です!」という信仰告白を、常に捧げて参りましょう!「嘘」「偽り」「不誠実」だらけの世の中にあって、私たちキリスト者が、たとえ馬鹿にされたとしても「真実(正直)」であり続けたい!と願う理由は、イエス・キリストが常に「真実な方」であられるからです。


 私たちが「真実の礼拝」を捧げる限り、「真実」という、素晴らしい天的色合いを帯びた真の花嫁として、私たちも造り変えられていくのです。そうです!私たちは、「真実」を果たして下さる唯一の花婿、主イエス・キリストにのみ望みを置き、永遠の契約を完成して下さることを、信仰をもって待ち望みましょう。


見えざる「神の真実」に生かされている!
 借金大国の日本の中にあって、税金だけが益々跳ね上がっていく、そんな大変な時代の中に、日々生きざるを得ない私たちですが、私たちには唯一の希望があります!それは、「現実(実際の数値)」を超えて余りある、見えざる天上からの霊的祝福が、常に私たちを導き養い、「天の故郷」に至るまでの糧(マナ)を、主なる神は毎朝降り注いで下さっている!という、神の事実です。


 約束を果たされる方は「真実な方」ですから、必ず私たちのために「万事」を益として下さいます!それ故私たちは、この「お方」にのみ望みを置き、今まで「世」のことばかりに、様々に思い煩った霊的罪の数々を、心から悔い改めましょう!


 「真実の礼拝」の入り口は、「あなたこそ、私を創造して下さった、真の神です!どうぞ約束を果たして下さる、あなたの真実を、私にも与えて下さい。あなたの真実を見せて下さい!」と告白する、あなたの「信仰表明」から始まります。


 あなたが「私の花婿は、永遠に真実な方である!」という、聖なる意識を常に抱き、「花婿なる主よ、私も真実の愛をもって、あなたに応えることが出来る者でありますように!」と告白しながら、神の「恵み」の中で、日々生かされる真の花嫁として、益々造り変えられて参りますよう、主イエス・キリストの聖名で祝福してお祈りします。アーメン!


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