Terminal Hope(No.34)
「悪しき時代」だからこそ
あなた方は、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです。何が主に喜ばれるかを吟味しなさい。実を結ばない暗闇の業に加わらないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。・・・・全てのものは光にさらされて、明らかにされます。明らかにされるものは皆、光となるのです。それで、こう言われています。「眠りに就いている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」愚かな者としてではなく、聖い者として、細かく気を配って歩みなさい。時をよく用いなさい。今は悪しき時代なのです。
【エペソ書5章8~16節】
「悪しき時」に在りても・・・・
今が「悪しき時」であっても、私たちは「何処」に身分(所属)を持つ者であるのか?この「問いかけ」を、聖霊様が常に警告しておられます。ご存知のように、今は先(将来)が全く予想が付かなく、良き事が皆無になるなど、不安定で不毛な混沌とした「悪しき時代」です。しかしこれらは、あくま三次元的事実に過ぎません。私たちが信仰で見るべき、正しい霊の次元においては、真実の光なる方、主イエス・キリストが、確かなる「現われ」をもって、まさに「今の時」に、聖霊様と共に豊かに働いて下さること、この「神の事実」に目を向ける時です。
イエス・キリストが私たちのもとに、「真実の光」として来られた以上、私たちの「霊の眼」は必ず復活し、今の三次元的時代を、正しく読み解きながら、先を超えて余りある「神の時」が、豊かに満ち満ちたフォーム、つまり「完成」へと至りつつある!こと、これを信仰で正しく捉えながら、忍耐をもって待ち望む必要があります。たとえ私たちが、「暗闇」の如き時代に生きていても、私たちは「暗闇」の奴隷ではなく、イエス・キリストの称号を授けられたた、つまり「真実の光」という王衣を着た、自由な「神の子」です!
今回の御言葉には、「暗闇」という表現が、僅か二回しか出て来ません。それに対して「光」は、六回に渡って記されています。と言うことは、「暗闇」がイエス・キリスト(真実の光)にとって、大したことの無いものである!こと、これをパウロは力説しています。それ故に私たちキリスト者は、信仰を働かせて一歩前進する毎に、「暗闇」が十歩、百歩、千歩と後退するのです。このイエス・キリストが勝ち取られた、十字架の「救い」の信仰意識をもって、私たちは「悪しき時代」を戦いつつ、大胆に生きるべきです!
使徒パウロは今回の御言葉の中で、私たちに対して明確に問い質します。「あなたは暗闇と光の、どちらに所属することを強く望んで(意識して)、この時代を生きるべく戦っていますか?」と。これは聖霊様の、私たちに対する勧告でもあります。私たちが生きる為に、堅固な土台として据えるべきものは、御子(皇太子)なるイエス・キリストから賜る、天上の大いなる祝福(遺産)です!
「光の子」という身分
今回の御言葉から、私たちが学ぶべき重要ポイントは、私たちは「暗闇(この世)」の中を、三次元的に生きていても、自分の身分が「世の奴隷」ではなく、ご自分の高貴な身分(御国の皇太子)を捨ててまで、贖いの小羊として十字架上で屠られた王の王、主の主イエス・キリストという、偉大なる称号にあずかる、自由な「神の子」である!という、紛れも無い「神の事実」を信じて生きていることです。
パウロは8節において、次のように記しています。「あなた方は、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」と。これを分かり易く、更に詳訳すると「あなた方は光の中に存在しているのですから、光の身分にあずかる者として生き、光と共に生活しなさい。」となります。
私たちは現実の物価高騰や、将来受け取る年金額など、三次元的事実(数字)に意気消沈するのではなく、私たちが霊的にカウントすべき「神の事実」は、栄光ある主イエス・キリストが来臨される、「その時」がカウントダウンされている(数字が減っている)こと、この「神の数字」を意識しながら、信仰をもって前進することが大事です。いよいよ私たち日本人キリスト者は、①霊的に目覚めて、②力強く信仰をもって立ち上がり、③最後の「霊的戦い」に準備して臨むなど、「その時」が迫っています。
三つの戦略
パウロは今回の御言葉で、私たちが具体的に戦う為の、三つの「プラン(霊的戦略)」を提示しています。先ず①何が主に喜ばれることであるのか、それを吟味する(見分ける)こと(10節)です。「吟味する」とは、原語的には「学ぶ(学習する)」ことであり、一つ一つの事象(物事の流れ)の中には、必ず神が「良し!」とされる、正しい次元(霊の事実)があること、これを見出して習得して行くことです。と言うことは、神が忌み嫌われる「悪しき次元」も、その中には潜んでいるからこそ、聖霊様を通して学ばされる(啓示を受ける)ことが、非常に重要となります。
第二に②眠りから覚めて起き上がること(14節)です。この命令は比喩的表現ですが、私たちは実際「暗闇」の中で生きる上で、如何にして目覚め、そして立ち上がればよいのでしょうか?現実が「暗闇(夜の深み)」であっても、私たちは眠りこけた、「愚かな乙女」の身分ではありません!私たちは霊的に目覚め、イエス・キリストという、「真実の光」を豊かに受けている(身に帯びた)、「賢い乙女」の身分として整えられています。
ですから私たちの「先」には、必ずインマヌエルの神、主イエス・キリストが、私たちに必要なもの全てを、既に用意して整えていて下さること、これを信仰をもって受け取るべく、日々前進して行くこと、これが「目覚め」となります。またこの大いなる「神の事実」を、私たちは「キリストの証人」として、未だ「眠り」に陥る多くの人々に、告げ知らせる必要があります。
第三に③「最後の戦い」に出陣し、勝利の報告をイエス・キリストに届けるべく、私たち(あなた)が立ち上がることです。然り!「悪しき時代」だからこそ、あなたが召し出されているのです。「悪魔の策略に対抗して立つことができますように、神の武具を身に着けなさい。・・・・しっかりと立つことが出来るように、神の武具を身に着けなさい。立って、真理を帯として腰に絞め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。尚その上に、信仰を盾として取りなさい。・・・・救いを兜としてかぶり、霊の剣、即ち神の言葉を取りなさい。どのような時にも霊に助けられて祈り、願い求め、全ての聖なる者たちの為に、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」(エペソ書6章11~18節)
パウロは明言します。「祈りこそが、悪魔サタンの暗闇を、ことごとく封じ込める最高の武器となる!」と。いよいよ「出陣の時」が来ました。目を覚まして、立ち上がる時が来ました。霊的に死に絶え行く者、毒蛇(悪しき水)に咬まれて、様々な病いに苦しむ者、「真実の光」を知ること無く、「偽りの光」に騙されて行く者、彼らの「救い(解放)」の為に、あなたが上(天)よりの「御力」を得て、遂に出陣するのです。故にあなた(私)は、イエス・キリストと共に立ち上がりましょう!イエス・キリストと共に、力強く「福音」を宣言しましょう!聖霊様の助けのもと、イエス・キリストと共に祈りましょう。
私たちの愛する真実の花婿、主イエス・キリストは、間もなくしたら帰って来られます。勝利の御旗を手にする、王の王として凱旋される「その時」に、私たち「神の兵卒(エクレシア)」は、戦いの成果を報告することになります。「悪しき時代」だからこそ、私たち「神の子」が、イエス・キリストを身に帯びた者として、光輝く(神に栄光を現わす)時です。
どうぞあなたの信仰が、更にしっかりとイエス・キリストに根付き、私たちの生きる土台が、揺るぎ無きものである!という、聖霊様の励ましを熱く受け留めながら、「私たちは光の子です!」と、大胆に証言できる者として、日々前進することが出来ますよう、主イエス・キリストの聖名で、祝福してお祈りします。アーメン!(2024年12月1日のメッセ-ジ)
☆バルナバ・ブログ福音薬局
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