緊急メッセージ
私だ。恐れることはない!
夕方になったので、弟子たちは湖畔へ下りて行った。そして、舟に乗り、湖の向こう岸のカペナウムに行こうとした。既に暗くなっていたが、イエスは未だ彼らのところには来ておられなかった。強い風が吹いて、湖は荒れ始めた。25ないし30スタディオン(4.7~5.7km)ばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近付いて来られるのを見て、彼らは恐れた。イエスは言われた。「私だ。恐れることはない。」そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。
【ヨハネ福音書6章16~21節】
荒波にもまれる「舟」にて
荒れ狂う暴風の中、荒波にもまれながら、今にも転覆しそうな舟にて、一生懸命に操舵するものの、一向に向こう岸に辿り着くことが出来ない、恐怖に縛られた十二人の弟子たちのもとに、湖上を歩きながら、突然に現れ出た師イエス・キリストは、大声をもって「ある言葉」を投げかけました。「私だ。恐れることはない。」と。
このイエス・キリストの「表現」は、非常に愛情に満ち溢れた、独特かつ力強い命令です。それはまるで、何かに怯え、不安におののいて泣き叫ぶ、幼子に対して発信する、母親(或いは父親)の持つ、力強いメッセージに似通っています。「私(父ちゃん)が居るから大丈夫だ。心配しなくても良い!」などと。
ある面で十二人の乗る「舟」は、私たちの現実世界における、一つの「生活空間」を指しています。過ぐる数日の間に、自然災害の多い日本において、驚愕する出来事(地震)が連続して発生しました。とは言っても、今回は最大震度が「6弱」ですから、2024年初頭に起きた能登半島地震に比べれば、若干下回るレベルで、死者ゼロ・被害者も少数でした。
具体的には8月8日(木)の午後16時42分頃に、日向灘を震源とする海底地震が発生し、宮崎県南部及び鹿児島県大隅半島地域において、震度4~6弱を記録しました。しかし今回不思議なことに、気象庁及び政府関係機関から、とある重大な発令(巨大地震注意報)が、すぐさま発表されました。「南海トラフ巨大地震の発生の恐れがありますから、今後一週間は地震に備えて、厳重に注意して行動して下さい!」と。
そして翌日の、8月9日(金)の午後19時57分には、神奈川県西部において、最大震度5弱の地震が発生しました。この時に殆どの日本人が、前日の「巨大地震注意報」という、恐怖に染まった情報が、頭の中に溜まっていますので、「あ、本当に起きた。いよいよ始まるぞ!」と、更に恐怖を重ねた「偏った思い(バイアス)」に陥りました。しかしこの地震の場合は、気象庁は「南海トラフ巨大地震の想定エリアとは、何ら関係はありません。」と発表しました。
私だ。恐れることはない!
今回の記事に見られる、弟子たちの置かれた状況(生活空間)は、特段いつもと違っていた訳ではありません。彼らの中には、専門職として漁業を営んでいましたから、湖上を取り巻く気候現象は、当然熟知していて、大波の中にあっても、操舵する技術はありました。しかしこの時は一つだけ、通常と異なる「事実」がありました。それが師(イエス・キリスト)が、彼らの今の空間に「いない(不在)!」という点です。
すると突然、弟子の一人が叫びました。「おい、何か変なもの(幽霊の如きもの)が、こっちに近付いて来るぞ!」と。大暴風と大波に恐れる最中、更に新たな「恐怖」シーンを見た彼らは、完全に自制心が吹き飛び、全員がパニック状態に陥りました。
「恐れ」と「バニック」に支配された、彼らの生活空間(舟)の中に、イエス・キリストは一言、彼らの「命」に関わる、緊急の「命を与える言葉」を、大声で力強く解き放ちました。「私だ。恐れることはない。」と。この言葉の中にある、最初の「私だ!」とは、上官や目上の者が命じる、権威ある「私」ではありません。イエス・キリストが語る(自らを名乗る)場合の「私」とは、①全てを治め、②全てを瞬時に良き状態へと変える、この二つの働きを開始される時に用いられます。
創造主なる神が発する、「命」に満ち溢れた言葉は、神の意図される「良きもの」を、豊かに現す為に作り出されています。ですからこの時、イエス・キリストが「私だ!」と宣言した言葉も、聞く者全てに対して、父なる神の「在りて在る神」と同じ、豊かな「祝福」と「臨在」を現わし出すなど、力に満ちた言葉です。
然り!神が「私だ!」と言われる時、そこには何の「不安」や「恐れ」、そして有害なものは一切存在しなく、永遠に続く「平安」と、揺るぎ無き「信頼関係」が確立されるのです。イエス・キリストが弟子たちに対して、常々「私だ!」と言われる時、それは「私主は、いつもあなた方と共に居る、インマヌエルの神である。あなた方を決して見放さず、見捨てず、常に守り導く、真の神である!」という意味です。
過ぐる8月8日(木)に始まり、数日間に起きた地震の数々は、確かに日本人の多くを、「恐怖」という思考の罠に落とし込みました。次に来る「新しい何か(災害)」を恐れるなど、在りもしない情報に騙されています。しかしイエス・キリストが、「真実」を飢え渇き求める日本人に対して、「私だ。恐れることは無い!」と宣言されていることを、純粋に信じるのであれば、日本人は決して見放されず、見捨てられず、常に守り導かれるのです!
信じるに足る御名「イエス・キリスト」
自分を常に、大事に扱う方(親)が「いつも居る!」と分かり、また「ここに居るよ!」という声を聞いた幼子は、必ず安心するのと同様に、イエス・キリストが「私だ。恐れることは無い!」と宣言される時、そこには全き「平安」が訪れ、悪魔サタンの「暗闇」の覆いが、瞬時に消滅するのです。そうです!あなたが「イエス・キリスト」の御名を信じて、「イエス様、私の元に来て下さい!」と告白するだけで、瞬時に奇跡が始まるのです。
「イエス・キリスト」という意味(御名の称号)は、へブル語で「イェシュア・ハマシアハ」、ギリシャ語で「イエスス・クリスト」、日本語の意味としては「油注がれた方(救い主)、その名はイエス」となります。ですから「イエス」は、あなたを必ず贖い出す(救出する)主なる神です。この場合の「必ず」は、完全性(百パーセント)を指します。どこかの機関が発表する類の、「●●パーセントの確率で・・・・が起きます。」の次元の言葉ではありません!
故に私たちは、単純な信仰を働かせて、イエス・キリストの御名を告白しましょう!「イエス様、私はあなたの御名の持つ、その麗しき御力と権威を信じます。今、私の生活空間に来て下さり、その全てを支配し、永遠に守り導いて下さい。向こう岸(目的地)まで、ご一緒して下さい!」と。
是非あなたが、これから始まる、一つ一つの「時」の中において、「イエス・キリストよ、あなたが私と共に、いつも居て下さることを感謝します。私の進む、これからの歩みの全てにおいて、あなたの御名を呼び求めます。どうぞ祝福して下さい!」と、幼子の如くに「信仰の声」を、聖霊様の助けを通して発することが出来ますよう、主イエス・キリストの聖名で祝福してお祈りします。アーメン!(2024年8月11日のメッセ-ジ)
☆バルナバ・ブログ福音薬局
英語版(エステル処方)は以下から!