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命と心の健やかなる成長のために!
こんにちわ!
あなたの命と心は、いつも健康ですか?それとも、何かの問題で病んでいますか?
私たちは、そんなあなたの、命と心の健康に気を配り、また命の処方箋を、聖書の「命の言葉」から提供します。

神のご計画(No.3)

    主の「言葉」は必ず真実に至る




主の言葉が私に臨んだ。「エレミヤよ、何が見えるか。」私は答えた。「アーモンド(シャーケード)の枝が見えます。」主が私に言われた。「あなたの見る通りだ。私は、私の言葉を成し遂げようと見張っている(ショーケード)。」
                                              【エレミヤ書1章11~12節】


「何」が見えていますか?
 今回の神の「御言葉」には、二つの重要な奥義が示されています。先ず第一に主なる神は、ご自身の「計画」を推し進められるに当たり、四つの「権威」をエレミヤに託した訳ですが、エレミヤ(私たち)は果たして①新しい「神のフィールド」に何を建て上げ、その後に②そこに何を植えるべきか?という二つの信仰行動を、私たちは正しく知る必要があります。


 つまり「人」が建て上げた、「古きもの」を粉砕し、新たな「神のフィールド」として整えた後、主なる神がエレミヤと共に、何かを完成するべく、「霊的な苗」を植えたい!と切に望んでおられること、これが非常に重要なポイントとなります。そこで主なる神は、不思議な「謎解き」とも言うべき、ご自身の「言葉」遊びを、エレミヤに投げかけられます。「あなたは一体、何が見えているか?」と。


 この時の彼には、現実的に触れることの出来る、ある「物体(物質や生物等)」が、肉眼で確認できた訳ではないのですが、何となく彼の視覚本能をもって、認識できる「神のサイン」、つまり「アーモンドの枝」と分かるピクチャー(画像)が、彼の瞳に投影されました。ですから彼は、すかさず「シャーケードの枝が見えます!」と、神に対して回答しました。


 この神が示した「ピクチャー(画像)」こそが、神が彼に教え示す「霊的な苗」であり、今回主なる神が私たちに対しても、更なる神の「ご計画」を、推し進めていく上でのキーワードです。実は主なる神は、「今のエレミヤ」である、私たちキリスト者に対しても、「あなたは一体、何が見えていますか?」と、常に問い質されていることを、あなたはご存じでしょうか?


 私たちが普段見ているもの、それは只の「三次元的情報」に過ぎません。ですから神があなたに対して、「何が見えていますか?」と問われる場合、それは三次元的ピクチャーを問うているのではなく、霊の次元に存在(展開)する、見えざる霊的「ピクチャー(画像)」に関することで、それがあなたの「霊の眼」で、実際に認識(確認)出来ているか否かを、ストレートに質問されている言葉なのです。


 見えざる霊的「ピクチャー(画像)」とは、万物の創造主、真実の主なる神が支配しておられる、「霊の次元」のフィールドにおいて、神が次々と推し進めている、素晴らしい「神の事実」の、「動き(産めよ→増えよ→地に満ちよ)」のことです。覚えて戴きたいことは、見えざる「神の事実」が、今の見える「三次元的現実」を支配し、神の「ご計画」の次元へと引導している!という点です。


 勿論それに対する霊的反作用、つまり「神の事実」に抵抗して、様々に神の「ご計画」を破壊すべく、三次元的現実の世界に、ネガティブな「ピクチャー」を、自分に従う勢力を用いて、必死に造り上げようとする、悪しきサタンの「計画」が展開していることも、警戒して注視しておくべきです。


アミール師からの「通信」
 さて今回のメーセージにおいて、あなたに対して素晴らしい「レポート(通信)」を紹介したいと思います。この福音的「通信」の発信者は、イスラエル在住の聖書ジャーナリストであり、神の「言葉」を携えて、世界各地を行き廻るメシアニック・ジューのパスター、アミール・ツァルファティ師です。その「メール通信」は、2021年1月15に届きましたので、以下に文面の内容を紹介します。


 2021年1月6日、私たち(マイク・ゴーレイ牧師と私)は、ホワイトハウスの南側に立っていましたが、国会議事堂で何かが起ころうとしているとは、一切何も感じない雰囲気でした。それどころか周囲の人々は、愛国心を表現すべく平和的に行進していました。その平和的雰囲気を感じ取った私たちは、トランプ大統領の演説が始まる前に、宿泊していたホテルの部屋に戻り、ホテルにて全ての展開を見守ることにしました。 (・・・・ところが、あの忌まわしい暴動騒ぎ事件が起こります。)


 正直なところ、(次の目的地へと)ワシントンD.C.を離陸する時、ワシントンD.C.全体が暗い雰囲気に包まれ、霊的に強い圧迫感を覚えた私は、次のように祈らされました。「主よ、アメリカで起きたこの不幸な事件に対して、私はどう受け留めれば良いのですか?クリスチャンとしてどう対応すべきでしょうか?」と。


 ヨセフの時代、神はエジプトに7年間の豊作を与えました。物凄い大収穫により、多くの人々が神の恵みを毎年毎年受け取りました。そしてその後に、7年にわたる大飢饉が訪れました。しかし、そのような困難な時代の中にあっても、神は尚も働き続けておられたのです。神はその「苦難」を用いて、ヨセフを家族と再会させ、イスラエルの子孫を「次の旅(霊的段階)」へと導かれたのです。


 もし私たちが今までの4年間を、神が「豊かな年」として、アメリカを治められていたと信じるならば、「不完全な年」と思える、(これからの)困難な年月にあっても、神の主権が存続している!という、確固たる信仰を持ち続ける必要があります。私たちの神は、全ての国と全ての指導者の上に支配しておられる方です。その目的は決して揺らぐこと無く、決して変わることがありません。私たちは、この国の今後の方向性に対して、「不満」や「失望感」を覚えるかも知れませんが、主の「ご計画」だけは、完成に向かいつつあることを、喜ぶ(祝福し続ける)ことは出来ます。


 如何なる「困難」の中にあっても、ヨセフが再び「地上の父」である、イスラエル(ヤコブ)の顔を見るべく、祝福し続けたように、私たちもいよいよ、救い主イエス・キリストの御顔を、仰ぎ見る時が近づいています。「私を見た者は父を見たのだ」(ヨハネ福音書14章9節)と言われた、救い主イエス・キリストの御顔を、私たちも遂に見ることが出来る、その素晴らしい「再臨の時」が、間もなく訪れようとしています。


ヨセフは車を用意させると、父イスラエルに会いにゴシェンにやって来た。ヨセフは父を見るや否や、父の首に抱きつき、その首にすがったまま、しばらく泣き続けた。(創世記46章29節)


もはや呪われるべきものは何一つ無い。神と小羊の玉座が都にあり、神の下僕たちが神を礼拝し、主の御顔を仰ぎ見る。彼らの額には、神の名が記されている。(ヨハネの黙示録22章3~4節)


 アミール師は、現実としてはネガティブな事件を、ワシントンD.C.にて体験し、信仰的に打ちのめされそうになりましたが、この事件を霊的に監視する「神の事実」を、神に祈り求めたところ、神はアミール師に対して、ヨセフと同様の預言的サインを示し、彼は信仰的に更に引き上げられました。そうです!私たちは「今、見えているもの」を見るのではなく、見えざる「神の事実」の中にある、明確な「神のサイン」をキャッチすべきです。


神の「言葉」の真意を見る!
 今回の神の「御言葉」に示される、二番目の重要な奥義は、神が語られる「言葉」の中にある、秘められた重要な「真意(祝福に至るヒント)」、これは「人の次元」を切り開き、「神の次元」を確立するもので、私たちは神の「言葉」の真意を、聖霊様を通して常に知る必要がある!という点です。


 エレミヤが返答した言葉は、「シャーケードの枝が見えます!」という国語でした。それに対する神の「言葉」が、「あなたの言うことは本当だ。しかし私は、あなたの見るシャーケードに対して、私の言葉の真意を伝えよう。あなたの主である私は、私の言葉を必ず成し遂げる。私の言葉の真実を証明すべく、私の言葉が成し遂げられるまで、常に責任をもって見張り続けている(ショーケード)!」という、霊的な言葉のサインを示されました。


 エレミヤが発した言葉が、「シャーケード」であるのに対し、神が「霊の次元」から示した奥義が、「ショーケード」という発音、つまり「シャー(a子音)」か「ショー(o子音)」の違いですが、意味合いとしては全く異なります。しかしエレミヤ自身は、「アーモンド」を実際に見たり、ふと頭の中で思い浮かべるだけで、主なる神が決して偽らざる方、即ち「言葉」に伴う真実を、必ず果たし(完成し)て下さる、真実の神である!という、素晴らしいサインを得たことになります。


 神が「言葉」を発せられる時、そこには神の「命の息」により、必ずご自身の「真実」を完成させる!という、素晴らしい霊的プロセスが伴います。そうです!創造主なる神が「無(虚無、何も産み出すことの無い世界)」の中に、「光よ、あれ!」という言葉を発した時、直ちに「無」が消え失せ、「有(神の言葉の真実が満ち溢れる世界)」が出現したことを、私たちは常に信仰をもって確認すべきです。


 エレミヤ自身は分かっていました。「アーモンドの若枝の如き、この貧弱な若者(私)に、果たして何が出来ようか!」と。しかし続いて神が、言葉遊びの如くに示した「ショーケード」という、神の「真実」のサインを示された時、エレミヤは信仰的に引き上げられます。「私が事を計画して、完成を目指すのではなく、神が責任をもって計画を進められ、完成に至るまで陣頭指揮を取って下さる!」と。


あなたが神の「真実」を示すサインとなる!
大祭司ヨシュアよ、あなたの前に座す同僚たちと共に聞け。あなた達はしるし(サイン)となるべき人々である。私は、今や若枝である我がしもべを来させる。
                                                【ゼカリヤ書3章8節】


 ご存じのように、三次元にある「現実(事実)」は一時的、かつ限定的なもの、つまり神の「永遠性」とは懸け離れた世界にあります。それ故、私たちは「現実」のサインだけを見て、一時の興奮から希望を見出そうと、あれこれ自分の計画を立てて行動しますが、それが成功ではなく失敗に至りますと、全てをネガティブに捉えて、不信仰の罠に陥るのではないでしょうか!


 しかし私たちは、真実の神が支配する「霊の次元」の中に、「アーモンドの枝」という神のピクチャーを見せられる時、「神はご自分の立てた計画を、必ず完成に至らしめるべく、永遠に見守り続け、また折に適った介入を為して下さること。そして最終的には、完全なる勝利が、信じる私たちの信仰の中に確立する」という、神の「言葉」に伴う霊的サインを、私たちは「霊の眼」でキャッチするのです。


 そうです!私たちの肉なる思考を占める、ネガティブな思いの全てを、不信仰の領域から切り離し、完全に排除する神の「言葉」が、まさしく「シャーケード」であり、更に「信仰の次元」を切り開くべく、私たちが「ショーケード」と宣言する時、あなたと共に建て上げた神の「ご計画」を、神は自ら責任をもって見守り続け、完成に至るまで監督し続けて下さいます。


  あなたは、神の「ご計画」を推進する、重要な「シャーケード」であり、神があなた(私)を「ショーケード」という、神の麗しい次元の中に組み合わせる時に、この地上に新しい「神のフィールド」が打ち立てられ、あなた(私)の信仰の働きを通して、多くの人々(霊的な苗)が、「神のフィールド」に植えられて行くのです。


 「あなた達はしるし(サイン)となるべき人々である。」とは、直訳で「あなたの存在が、良き未来を指し示すサインとなる」ことを意味しています。そういう意味で、あなたが神の「言葉」を信仰をもって語ることで、更に神の「ご計画」が押し進められ、聖霊様の確かなるサイン(啓示)が、多くの人々に豊かに指し示されますよう、主イエス・キリストの聖名で祝福してお祈りします。アーメン!(2021年1月17日のメッセ-ジ)


※アミール・ツァルファティ師のサイトは、以下のリンクからアクセスできます。


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